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2006年1月23日 (月)

石垣良さんの個展

 1月11日は今年2度目の水曜日で子らの学校も始まり、正月気分は消え去っていた。石垣良さんの個展を見に行ったのはそんな日の午後である。
 八王子から中央線に乗るのはいつも通りだが、初めて西国分寺から武蔵野線に乗り、秋津で西武線に乗り換え、西武池袋線の中村橋まで1時間半はゆうにかかるのであった。会場に入るなり、1950年代後半に描かれた『自画像』が目に飛び込んできた。
 石垣さんご夫妻が雑司ヶ谷に住んでいたころ、ぼくは毎週のように目白駅からてくてく歩いてそのアパートへ行ったものだった。石の欄干が立派な立体交差の橋がなつかしい。
 ほかにも当時の記憶でいまも忘れない幾つかの場面があるが、この『自画像』の絵を見たこともその一つだ。 その絵を練馬区立美術館で再び見た。

 若い若い石垣さん。
 雑司ヶ谷のアパートに仲間が集まり、たとえば詩の朗読をし合ったりした。
 石垣さんは「だれかが詩を朗読するときにだいじなことは、その人の表情を見つめることだ」といっていた。
 ぼくはいま、夜更けの酒場でだれかが歌を唄うとき、その人の顔をじっと見る。何十年も前の雑司ヶ谷のアパートで石垣さんから教わったことを実践しているなんて気はまったくなかったけれど、そうか、じつはそうだったのだ。
 そのとき、ぼくはたしか中学3年生だった。
 あるいは2年生だったかも知れないが、雑司ヶ谷のアパートには青春感覚とでもいった気配が満ちあふれていたものだ。 ジャン・リュック・ゴダールのデビュー作『勝手にしやがれ』が公開されたころで、あの映画の手持ちショットに石垣さんは辟易し、ぼくらに「あの映画は薦めない。見ないほうがいいよ疲れるから」というふうなことをいっていた。いまや有名な手持ちショットの“揺れ”が気に掛かってくたくたに疲れるという話だった。その後、何度も『勝手にしやがれ』を観て、結局ぼくは一度もくたくたにはならなかったけれど、石垣さんがあの映画を嫌った感覚はわかる気がする。
 壁には30枚ほどの油絵が架かっていたか。なかで『白い人』という絵がとてもよかった。すきっと整った作品で、モデルの人柄が感じられるようだった。石垣さんはこんなにたくさんの肖像画を描いていらしたのかとあらためて長い年月を思った。

 ぼくの中で1950年代なかばの記憶はけっこうちゃんとしている。だから個展会場で再会した『自画像』が、ぼくの胸のうちを波立たせる。

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