2005年10月 8日 (土)

明石海人と島 比呂志

海の蠍
                                  山下多恵子 著

 かつてハンセン病患者は過酷な差別を受けた。患者にとっては「人類の外に押しやられてしまったような疎外感」と著者は書く。歌人・明石海人も、作家・島比呂志も、その病に苦しみ、苦しみを言葉にしながら生きた。作品として紡ぎ出される言葉は、文字通り「全身全霊で伝える言葉」であった。この本は、そういう二人の生涯と作品について書かれた心のこもった労作である。
 冒頭で著者は、ハンセン病という呼び方が、患者さんたちの長い闘いを経てやっと勝ちとられた呼称であると伝えたうえで「本書では旧来の“癩”という呼称をあえて使わせていただくことを、あらかじめお断りしておく」と述べる。明石海人の歌集『白描』の有名な序文が「癩は天刑である」と書き始められ「癩はまた天啓でもあった」と結ばれるように、彼らは、自らの病を「ハンセン病」ではなく「癩」として認識していたからというのがその理由だ。
 著者はまず、数え三九歳で逝った明石海人の謹厳にして壮烈な人生を見つめていく。
 癩の患者は失明をまぬがれない。その覚悟が「末期の眼」となり、海人は、感覚をとぎすませた歌を残した。たとえば、身もだえるような絶望感を詠んだ一首。<人の世の涯とおもふ昼ふかき癩者の島にもの音絶えぬ>――。失明に加えて「気管切開」が海人を襲う。咽喉の下を切り開き、金属の管をはめることで呼吸を確保するのである。「癩患の大受難」といわれる医療処置だ。
 空に字を書く指はない。言葉を伝える声も出ない。「そのようにして発せられた言葉を私たちは読んでいる」という著者のひと言に、読み手は思わず天を仰ぐのである。
 後段の「島比呂志の地平」も、闘う作家・島比呂志の誠意が伝わる評伝。「彼らの残した言葉を前にするとき、厳粛な思いにとらわれる」という著者の眼力に胸を打たれる。(未知谷 本体2400円+税) <週刊金曜日 2003.11.>

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