あくどく巧妙な“タバコの売り方”
悪魔のマーケティング
ASH(Action on Smoking and Health) 編
切明義孝・津田敏秀・上野陽子 訳・解説
『あくどいほど巧妙なマーケティング戦略』
1995年の英国。
タバコが原因で「年間12万1000人」が死亡した。同じ年の、交通事故死と食中毒・薬物乱用による死と、偶然の事故死、殺人、自殺、HIV感染死の合計が「1万9892人」とある。英国保険教育局の統計である。
さらにWHO(世界保険機構)によって世界全体をみれば、タバコが原因で「毎年約300万人」が死亡しているという。
この本は、それほど危険視されているのもかかわらず、欧米のタバコ産業がタバコ販売を押し進めている内情を“マーケティングの観点”からとらえた報告書だ。刊行されて間もないけれど、本書はいま話題沸騰の一冊となっている。
お気づきのようにタバコの害悪を告発する内容の本である。
ただ、焦点を“タバコの売り方”に絞っているところがおもしろい。タバコ産業はどのようにして低年齢の若ものや10代の少女や、ときには「14歳の子供たち」にタバコを買わせ、その販売量を増やしていったのかが追及されていくのである。
その総体を「悪魔のマーケティング」と名付けたのは翻訳者たちのアイディアだろうが、わるくないタイトルだ。
編者のASHはロンドンに本拠を置く健康推進団体。1971年に英国王立内科専門医によって設立され、喫煙率の減少を目的に政府へのロビー活動を行っているそうだ。ASHが主張する政策には、タバコ広告の禁止、禁煙の手助け、タバコ税の持続的な増税、職場や公共の場での禁煙義務づけなどがあり、その一つ一つがタバコ産業との大きな争点となってきた。
本書発刊の土台となり、構成上の主軸を成すのは米国のタバコ関連訴訟を通して公表された「タバコ産業の内部文書」である。
報告される数々の事実は、タバコ産業内部の科学者が「タバコの煙が健康によくないこと」を知った上で、タバコ市場を拡大し喫煙者を増やしていったようすを伝える。その典型例が、例の、フィリップモリス社マルボロの宣伝広告に登場するカウボーイ、マルボロ・マンであった。あのカウボーイ広告は「現代において最も成功した広告」とされているそうだ。
マルボロ・マンが「唯一本物のアメリカン・ヒーロー」像と映り、若ものたちに受け、を用いた宣伝広告は大成功をおさめた。「独立と抵抗の象徴であるカウボーイのイメージは、若者を魅了するのにうってつけ」だったのである。
タバコ産業が若年層を狙うのは「とにかく若い世代というのはお互いに影響を受けやすい。さらに、ひとは最初に吸い始めたタバコの銘柄を忠実にずっと吸い続けてくれるもの」だからだ。
要するに、マルボロ・マンの背後にはあくどいほど巧妙なマーケティング戦略が潜んでいたのだ。
本書のユニークな点は、タバコ産業が用いてきた販売手法の“巧妙なあくどさ”が、タバコ産業側のことばで明らかにされていくところにある。
たとえばこういう談話がある。
「喫煙は依存症がもたらす習慣であり、ニコチンは明らかに麻薬である」。
チャールズ・エリスというBAT(British American Tobacco)の主任科学者が語った記録だ。驚くべきは、この発言が1962年のものであること。なぜなら、タバコ産業の側は、その36年後の1998年になっても依存症を否定していたのである。
「人はいろんなものの依存症になります。インターネット依存症になる人もいれば、買い物依存症になる人もいる。セックス依存症だってあれば、紅茶やコーヒーの依存症だってありえます。タバコについて言えば、依存症はありません。ただタバコを吸う習慣が身につくだけです」。
英国TMA(the Tobacco Merchants Association)のジョン・カーライルが雑誌インタヴューで述べたごまかし回答である。
しかし、カーライル氏はどういう根拠で「依存症はありません」などと口にしたのだろう。
いま考えれば滑稽でさえあるが、タバコ訴訟のプロセスがあったからこそ内部文書の存在が世界に知れわたったわけで、それを思えばカーライル氏の支離滅裂な回答は当を得ていたことになる。
ニコチンに依存症があることは科学的にも証明された事実であるにもかかわらず、タバコ産業はこれを頑なに否定した。
フィリップモリス社は1996年にこう語った。「タバコに依存症があると主張する人たちのタバコの受け止め方は非常に観念的なもので、科学的根拠に基づいた見解ではありません」。
98年からは一転して依存症を認める発言も出てくるが、同時に「チョコレート依存症」や「恋愛依存症」ということばがちりばめられることとなる。つまり“依存症”という語は「日常会話で気軽に使われるようになった」のだった。“依存症”対策は、タバコ産業が打ち立てたマーケティング戦略の一環だったのだ。
同じような例は、いわゆる「低タール」タバコの論議にも登場する。タバコ産業は「低タール」タバコは人の健康を損ねないといい続けるが、ASHにかかわる医師たちはそれがウソであることを見抜くのである。
ことは科学的に証明されるだけではない。ニコチンがいくら少なくなっても「安全」ではないし、本当に少なすぎる場合はニコチン中毒が生まれず、タバコ産業のためにならないという皮肉な結果が待っているのだ。
本書は喫煙愛好家の方にもお薦めだ。
愛好するものの中身が、タバコの味でもなく、煙でもなく(本当に煙だけを吸い込んだら咳が止まらない)、猛毒のニコチンだけであると認識できるからである。 (日経BP社 本体2000円+税)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)


最近のコメント