2006年3月14日 (火)

あくどく巧妙な“タバコの売り方”

悪魔のマーケティング
        ASH(Action on Smoking and Health) 編
         切明義孝・津田敏秀・上野陽子 訳・解説

『あくどいほど巧妙なマーケティング戦略』

 1995年の英国。
 タバコが原因で「年間12万1000人」が死亡した。同じ年の、交通事故死と食中毒・薬物乱用による死と、偶然の事故死、殺人、自殺、HIV感染死の合計が「1万9892人」とある。英国保険教育局の統計である。
 さらにWHO(世界保険機構)によって世界全体をみれば、タバコが原因で「毎年約300万人」が死亡しているという。

 この本は、それほど危険視されているのもかかわらず、欧米のタバコ産業がタバコ販売を押し進めている内情を“マーケティングの観点”からとらえた報告書だ。刊行されて間もないけれど、本書はいま話題沸騰の一冊となっている。

 お気づきのようにタバコの害悪を告発する内容の本である。
 ただ、焦点を“タバコの売り方”に絞っているところがおもしろい。タバコ産業はどのようにして低年齢の若ものや10代の少女や、ときには「14歳の子供たち」にタバコを買わせ、その販売量を増やしていったのかが追及されていくのである。
 その総体を「悪魔のマーケティング」と名付けたのは翻訳者たちのアイディアだろうが、わるくないタイトルだ。

 編者のASHはロンドンに本拠を置く健康推進団体。1971年に英国王立内科専門医によって設立され、喫煙率の減少を目的に政府へのロビー活動を行っているそうだ。ASHが主張する政策には、タバコ広告の禁止、禁煙の手助け、タバコ税の持続的な増税、職場や公共の場での禁煙義務づけなどがあり、その一つ一つがタバコ産業との大きな争点となってきた。

 本書発刊の土台となり、構成上の主軸を成すのは米国のタバコ関連訴訟を通して公表された「タバコ産業の内部文書」である。
 報告される数々の事実は、タバコ産業内部の科学者が「タバコの煙が健康によくないこと」を知った上で、タバコ市場を拡大し喫煙者を増やしていったようすを伝える。その典型例が、例の、フィリップモリス社マルボロの宣伝広告に登場するカウボーイ、マルボロ・マンであった。あのカウボーイ広告は「現代において最も成功した広告」とされているそうだ。
 マルボロ・マンが「唯一本物のアメリカン・ヒーロー」像と映り、若ものたちに受け、を用いた宣伝広告は大成功をおさめた。「独立と抵抗の象徴であるカウボーイのイメージは、若者を魅了するのにうってつけ」だったのである。
 タバコ産業が若年層を狙うのは「とにかく若い世代というのはお互いに影響を受けやすい。さらに、ひとは最初に吸い始めたタバコの銘柄を忠実にずっと吸い続けてくれるもの」だからだ。
 要するに、マルボロ・マンの背後にはあくどいほど巧妙なマーケティング戦略が潜んでいたのだ。

 本書のユニークな点は、タバコ産業が用いてきた販売手法の“巧妙なあくどさ”が、タバコ産業側のことばで明らかにされていくところにある。
 たとえばこういう談話がある。
 「喫煙は依存症がもたらす習慣であり、ニコチンは明らかに麻薬である」。
 チャールズ・エリスというBAT(British American Tobacco)の主任科学者が語った記録だ。驚くべきは、この発言が1962年のものであること。なぜなら、タバコ産業の側は、その36年後の1998年になっても依存症を否定していたのである。
 「人はいろんなものの依存症になります。インターネット依存症になる人もいれば、買い物依存症になる人もいる。セックス依存症だってあれば、紅茶やコーヒーの依存症だってありえます。タバコについて言えば、依存症はありません。ただタバコを吸う習慣が身につくだけです」。
 英国TMA(the Tobacco Merchants Association)のジョン・カーライルが雑誌インタヴューで述べたごまかし回答である。
 しかし、カーライル氏はどういう根拠で「依存症はありません」などと口にしたのだろう。
 いま考えれば滑稽でさえあるが、タバコ訴訟のプロセスがあったからこそ内部文書の存在が世界に知れわたったわけで、それを思えばカーライル氏の支離滅裂な回答は当を得ていたことになる。

 ニコチンに依存症があることは科学的にも証明された事実であるにもかかわらず、タバコ産業はこれを頑なに否定した。
 フィリップモリス社は1996年にこう語った。「タバコに依存症があると主張する人たちのタバコの受け止め方は非常に観念的なもので、科学的根拠に基づいた見解ではありません」。
 98年からは一転して依存症を認める発言も出てくるが、同時に「チョコレート依存症」や「恋愛依存症」ということばがちりばめられることとなる。つまり“依存症”という語は「日常会話で気軽に使われるようになった」のだった。“依存症”対策は、タバコ産業が打ち立てたマーケティング戦略の一環だったのだ。
 同じような例は、いわゆる「低タール」タバコの論議にも登場する。タバコ産業は「低タール」タバコは人の健康を損ねないといい続けるが、ASHにかかわる医師たちはそれがウソであることを見抜くのである。
 ことは科学的に証明されるだけではない。ニコチンがいくら少なくなっても「安全」ではないし、本当に少なすぎる場合はニコチン中毒が生まれず、タバコ産業のためにならないという皮肉な結果が待っているのだ。

 本書は喫煙愛好家の方にもお薦めだ。
 愛好するものの中身が、タバコの味でもなく、煙でもなく(本当に煙だけを吸い込んだら咳が止まらない)、猛毒のニコチンだけであると認識できるからである。 (日経BP社 本体2000円+税)

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2005年10月 6日 (木)

闇社会にみる現金の奔流

◆ 巨大化するアメリカの地下経済
                                 エリック・シュローサー 著
                                       宇丹貴代美 訳

 いきなり数字の話になるが、一九六四年以降、カリフォルニア州を襲う都市化の波は四百万ヘクタール近い農地を消失させたという。日本の全耕地面積が約四七三万ヘクタール(平成一五年)で、オランダの国土面積が約四一八万ヘクタールだ。何となく、消えた農地の規模が見えてくる。しかし奇妙なことに、カリフォルニア州の農業生産高は減っていない。殊に本書で報告されるいちご農場の場合、過去三〇数年間で約六倍に増えているのである。なぜか。
 不法入国による季節労働者が激増しているからだ。現在カリフォルニア州では、作物によって差はあるが「季節労働者のおよそ三十ないし六十パーセントを不法入国者が占めている」とある。「いちごは労働力をとくに必要とする条植え作物」であり、栽培には費用もかかるが「単位面積あたりの収益はおよそどんな作物よりも高い」という。いわゆる「高価な特殊作物」というやつだ。収穫は「すべて人の手で」行われるから、いちご生産者にとっては人件費の削減が莫大な利益に結びつく。その極端なやり口に「労働者を名簿に載せない」といったような違法行為がある。多くの生産者は公正を心がけているがと前置きして著者は、「最近、一部の生産者は時勢を失っている」と書き、実態を報告する。
 本書には、そうした違法行為が生み出す地下経済の実状が描かれる。『ファストフードが世界を食いつくす』で抜群の取材力と表現力を世界に知らしめた著者が、統計数字には決して表れないカネの動きを追って再び綿密な調査の結果を明らかにする。調査の対象は、マリファナの取締り状況と、いちご農場の労働実態と、ポルノ業界の変貌ぶり。
 最重要ポイントは「地下経済」が闇社会独特のものではないことを知らされる点にある。読者は、そこに流れる現金の奔流がアメリカ経済を支えている現実に驚かされる。(草思社 本体1700円+税) <週刊金曜日 2004.03.>

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